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試論:四方域[Geviert]の範疇論的解釈に至るための準備








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建てられた者は四方域を保持する。それらはその様態において四方域をいたわる物である。四方域をいたわること、大地を救済し、天を受け入れ、神々を待ち望み、死すべき者に同行すること、これらの四様のいたわりは住むことの本質である。
(M.Heidegger, Vortrage und Aufsatze)
 四方域[Geviert]とは何だろうか。後期ハイデガーのいくつかの文章、講演にあらわれるその用語を解説しようとするとき、結局はハイデガーの言葉を鸚鵡返に引用する他はないというのが、端的に、この問いの困難さをしめしてる。つまり、なぜ四方域としてこれらの四つの語(大地[Erde]・天空[Himmel]・神々しいもの[die Gottlichen]・死すべき者[die Stervlichen])が選択されたのか、その理論的意義は何か、そもそもなぜ「四」方域なのかがまったく不可解であり、そのため、何の批判も吟味も経ず、ハイデガーが神話的にかたるのを、ただ従順にくりかえすことが吾々に強いられてしまうのだ。こうした困難は、たとえば「四方域」の用語が“世界”を創るものとして提示されている点を要とし、ハイデガーにおける“世界”概念の変遷の最終段階に四方域を位置づけようとしたF・ダステュールの論文「『存在と時間』以後のハイデガーにおける世界の概念」(論文邦訳, 石原陽一郎訳, 『現代思想』99年5月臨時増刊号)でも避けられてはいない。そこでは「超越論的世界観」から「宇宙的世界観」への移行という枠組みのもとに、ハイデガーの“世界”の概念をめぐる変更を次のように素描している。まず『存在と時間』において、それまでは単なる実在する事物の総和としてあやまって解されていた“世界”という概念を、ハイデガーは、現存在が最終的な目的となる道具の総体性=環境世界と理解した。世界内部の存在者は、日常的には、単に現前している事物として出会われるだけではなく、手許にあるあつかいやすい道具として出会われる。そしてこれらさまざまの道具の「何々のために」の連鎖の果ては、常に現存在の存在「のために」である。こうした有意義性の全体は、現存在がそのつど自分の前に投げかけ、くり広げているものと考えられ、またこの投げかけが存在者の現れる条件であることを顧慮するなら、これを世界の超越論的企投と呼ぶことができるだろう。しかし一方で『存在と時間』ですでに強調されているように、あらゆる企投はつねに投げられている、あるいは受動的に投げさせられている、そのかぎりで、世界の企投をただ超越論的な主体の行為とみなすことはできない。1935年および1936年の『芸術作品の起源』についての講演を参照すれば、現存在の受動性はより運命的、歴史的に理解され、“世界”も、日常的な環境世界という理解をしりぞけ、逆に、その中である民族の本質的な決定や、勝利や、犠牲や、営為が接ぎあわされるさまざまな関係の総体と定義される。さらに『ヒューマニズムについての書簡』にいたり、その中で、「企投する、と言うとき、投げる者は、人間ではなく、存在それじたいであり、この存在が人間を現存在の脱自存在へ、およびその本質へと赴かせる」と云われるとき、現存在の受動性=被投性は極端化され、もはや“世界”は現存在の企投の結果ではなく、現存在にむけておのずから到来する原初的な出来事となっている。こうした、人間に「構成」されるのでない、他のものにもとづくことのない究極の存在としての世界という「脱自存在的=宇宙論的」考えかたは、1950年の講演『物』でひとつの頂点に達する。現存在ではもはや-ない人間存在(死すべき者たち)をその内にふくむ四方域の本質的な相互依存、それ以外のものでその根底を解することのできない、四者のおりなす一重性[Einfalt]の世界観である。
 さて、このようにまとめ跡づけてながめると明白だが、やはり最後の50年代にあらわれた四方域で説明される世界観の登場は、あまりに唐突だ。ただ、「大地」「天空」「神々しいもの」「死すべき者」のそれぞれを独立に解釈すること、そのそれぞれがどのような文脈でつかわれ展開されていったかを追うことは、おそらく可能である。「大地」と「天空」とはヘルダーリンの晩年の詩群で散見される用語であり、それ以前に、『芸術作品の起源』にしるされている「大地」についての叙述は、すでにひとの知れるところだ。「大地とは、立ち現れるということが、立ち現れているものをすべて、しかも立ち現れているものとして、そこへと蔵し返す所のことである。」 また「神々しいもの[die Gottlichen]」についても、それを「神[der Gott]」と同一視することは短絡だが、ハイデガーが現代の世界の危機的な情況に対し「ただ神だけがなお私たちを救うことができるのです」(V.klostermann, Dem Andenken Martin Heideggers Zum 26. Mai 1976)と云うとき、四方域のそれと無縁とはおもえない。また「死すべき者」も、やはり短絡することを許せば解釈の方途はいたるところにある。「死は、現存在が存在するな否や引き受ける存在様式である。」(『存在と時間』)「死すべき者たちとは人間のことである。人間は死ぬことができるので、死すべき者たちとよばれる。死ぬとは、死ぬことであるかぎりでの死ぬことができることをいう。」(1951年『建てること、住むこと、思索すること』) しかし云うも疎かだが、これら個々の用語に関して何百頁と論文がかかれることは「四方域」の唐突さを解消しない。ふたたび問えばこの四つの領域が、たとえば順列にくみあわされたり階層的に配置されるのでもなく、互いが互いを基礎づけるような「戯れ」とみなされるのに、いかなる理論的必然性があるのか。あるいはこの「四」方域という規定は、凡俗の後期ハイデガー非難によせられる「隠語」操作のひとつにかたづけ得るのだろうか。しかしながら、ハイデガーが四方域についてかたるとき、それはくもりも重みもなく明晰である。
(引用者註:この文章の前に、存在を、眼前にあるものとして把握する習慣をまぬがれるために、「存在」の語に十字交叉をつけることが提案される)
 十字交叉の徴しは、上に言われたことに従えば、勿論、抹消という単に否定的な徴しではあり得ない。その徴しは寧ろ方域の四つの方面とその四つの方面が十字交叉の場所に於て集まっていることとの内へ、示し入っている。
(「存在の問へ」, ハイデガー全集第九巻, 辻村公一/H・ブッナー訳)
ここではだから、文章の意味が取りにくいのは叙述のスタイル等によるのではなく、端的に、ハイデガーのおこなう抽象的な配置の、その作業の内実をまったくくみとれないことによる(そして実際論文「存在の問へ」は、この箇所を無視してもまったく滞りなくよめてしまう)。ハイデガーが四方域について規定する言葉は相当かぎられている。まったく、まったく四方域はただ単純であり難解なのだ。このハイデガーの「四方域」を、神秘思想におさめず、また単にひとつの概念の変奏とも受けとらず(たとえば“世界”)、その四者を徹底して理論的によみ解くには、明確な方法意識が必要だろう。
 教授資格請求論文「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」(1915年)において、「純粋に理論的な」体系的秩序への指向が述べられているにもかかわらず、結局ハイデガーは独自の範疇体系を描くことはなかった。その「範疇体系」を、「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」以降のハイデガーの思想(ほとんど全てということになるが)、あるいは他の哲学者の文章をも参照しつつ、構想し、それを四方域とかさねることが、私の読解の作業仮説である。四方域が多少図式的な外観をもっていることのみをして、それをそれと同じく図式的な思考である範疇論とむすびつけるのは短絡ではないか、との反論が予想される。実に、こうした手段にうったえることには、残念ながら素人の憶見をこえるような根拠は存在しない。「…(略)…こうした基礎の上に純粋論理学が構築され、完成されている場合に初めて、より確実な仕方で認識論の諸問題に取り掛かることができるだろうし、「有る」の全範域をその種々異なった現実性様式に区分し、それらの様式の固有性をはっきり取り出し、その認識の種類と射程とをより確実に規定することができるだろう。」(「心理学主義の判断論」)と論理学の重要をかたるハイデガーと、「思考とは何かということについて、論理学が解明を与えてくれるであろうと思っているかぎり、言うまでもなく私たちは、いかなる点においてあらゆる詩が想起に基づいているかということを熟慮しえないだろう。」(『思惟とは何の謂いか』)と脱論理学的な、詩的言説へと近づいてゆくハイデガーとのあいだには、表面的には深い断絶があるだろう。だが一方でハイデガーが範疇論について、ドイツ観念論のそれが盲目であった或る決定的な転回点をあかるみにだしたことは確実だと思われる。そして何よりも、亡者ハイデガーに語らされることなく、ハイデガーの四方域を生きた配慮としてうけとるには、今までそれが語られてきたのとは別の仕方が求められるはずだ。ハイデガーの描かなかった範疇体系を予想する作業、それを後期ハイデガーに伏して流れるものとみる視座に、価値があると信ずる所以である。





2


 範疇問題を今あつかうということがどれだけ読者を獲得し得るかは、範疇論を論じるにあたって避けられない不安である。範疇問題の現在と呼べるものがあるかどうかと疑えば、まずない。しかし、それでもアリストテレスからドイツ観念論へという教科書的な範疇論の歴史はあり、それをふまえてはじめてハイデガーの範疇論の新奇をくみとることができる。それらを確認しつつ一体どのように今範疇問題にとりくむべきかを定めるのがまずはじめの作業である。
 さて、論難をおそれずに云えば、「範疇体系の構想」というこころみは存在論的な問いへの対処のひとつに先ずかぞえ入れられる。存在論的な問い──「存在とは何か」「数学的対象は存在するか」「物と物のもつ性質とはどうちがうか」「個々の蠅、蛆とは別に『蠅』は存在するか」は、経験的に解答があたえられる問いに較べてあきらかに非日常的だが、そのため、「光合成とは何か」「宇宙人は存在するか」「豚と酢豚はどうちがうか」「蠅の寿命はどれだけか」への解答の正しさとは別の正当化が必要とされる。では存在論的な問いへの答、すなわち存在論的主張の正しさはどこに根拠をもつのか。その正当化を性格づけるのにひとつ有望な途としてあげられるのは、どのような種類の存在者が存在するかということを、世界に向けられた吾々の概念的思考の特徴の反映とみなし、存在論的な問いを概念に関する問いと等価にとらえる途だ。ひとの概念的思考と独立に世界があるのではない。世界の分節と、ひとがことばを身につけていることで自然に行っている分類とのあいだには或る対応がある。たとえば「この二次曲線は何グラムですか」と私が知人に聞いて回ればついに奴も頭がおかしくなったかとあわれみの眼差しを受けるだろうが、「この二次曲線は何グラムですか」という言語表現の狂いは、同時に、私のものごとの見え方や捉え方、対象把握において作用している基本的な対象性の基準の狂いと等価である。ただしこうした了解を経ても、未だひとの概念的思考の特徴、対象性の基準を記述する方法意識として二つの選択肢が考え得る。世界の一般的特徴/言語の一般的な特徴の対応において、言語の一般的な特徴をまったく先行するものとみなすか。その両者の区別(それが不可分と規定されようが、そうでなかろうが)をまず問題としない地点からはじめるか。
 現在に旺盛なのは圧倒的に前者である。G・フレーゲによる現代論理学の創設が、言語の構造の体系的理解への途をひらいたからだ。それは端的に言表の根本形式(論理形式)をあつかう。後者に相当する範疇論の方法においても、論理学的判断の叙述構造の区分を手引きとすることはあるが、(その場合にかぎって云えば)すくなくとも知覚の根底で意識されずにはたらくとみなされる範疇自体は、「内省」する意識によって現象のうちに「再」確認される。範疇導出の原理に形式論理学の判断表をもちいたカントも、より範疇体系にふさわしい判断表をという反省がくわえられていた。このような循環的な性格は、プラトンの「想起」や、「前存在論的了解」を明確な概念にまで精製するというハイデガーの作業にもくらべられるだろう。しかしこの概念の明瞭化の手段を「内省」にまかせることこそ、まず前者の方法が徹底して排除する手続きだ。
 思考についての現代的観点こそ、分析哲学の基調を形作るものである。それによるならば、思考は(少なくとも概念的思考は──もしも概念的以外の思考の形態があるとするならば)、言語を使用する能力を行使すること以外の何ものでもない。したがって、何が考えられているかは、心の中に見いだされることではなく、その考えられたことの言語的表現がどのように用いられているかを見ることによって明らかとなることである。
(飯田隆, 『言語哲学大全I 論理と言語』)
デカルトを始めとする近代の哲学者は、個々の人の心の内省によって見いだされる観念[idee, idea, Vorstellung(表象)]の明晰化によって吾々の所有する概念の明瞭化にいたろうとした。しかしそのような途は上記の観点からはおよそ不完全である。そのもっとも痛烈な批判はそもそも観念の同一が云えるのはいかにしてか、と疑うことだ。私がいま心の内で「赤」について明晰判明な観念をいだいたとして、それがまさしく「赤」の観念であってその他の観念ではないと、その同一性を主張することは如何様にもできない。したがって概念の同一性は、観念の同一性からはまったく説明されない。ある観念が「赤」についての観念であると云えるためには、すでに概念「赤」が観念とは独立に規定されていなければならない。言語は観念を表現するための手段にすぎない、言語を注意深くもちいて明晰かつ判明な観念を他人につたえることは概念の解明には副次的なものである、といった諸々の発想は、概念と観念の圧倒的な落差をみのがした杜撰である。
 分析哲学の基調は、概念の解明がその言語的表現の解明ということを抜きにしては考えられないという立場を取ることによって、こうした「観念の途」からきっぱりと訣別することにある。われわれがある概念を所有しているということは、われわれがある種の言語表現を使用できるということ以外のことではない。そして、言語表現の使用は、ある一定の規則に従う。こうした規則を明らかにすること、それが、概念の解明に至る途なのである。
(飯田隆, 『言語哲学大全I 論理と言語』)
分析哲学の存在論的主張は当然「明晰判明な観念」から出発するのではない。また、存在者全体に対する何らかの分類も前提しない。重要なのは「何があるとひとは云っているのか」であり、課題は存在の主張をおこなうための言語手段の細密な観察だ。たとえば、フレーゲが数学的対象の存在をしめそうとするのは、「単称名」という言語的な分類に対応してそれが指す対象のクラスが存在する、よって算術の命題の真理性をみとめると同時に、その命題に現れている単称名=数詞の指す対象が存在する、という論旨による。この主張は、数学的対象が存在することが云えてはじめて、そうした存在を指す数詞を単称名と云えるのだとすれば説得力は皆無である(余談になるが、したがって、文の構造を規定する言語的な分類、すなわち文法的カテゴリーを、その各々をそれがどのような種類の存在者を指す表現であるかをして特徴づけるのはあやまりとなる。フレーゲにおける文法的カテゴリーはきわめて明快な構造をもっていて、それは「文」と「単称名」というカテゴリーさえ特定できれば他のすべてのカテゴリー(一階述語、文結合詞、量化子等)が自動的にみちびかれるのだが、その「単称名」の特定はあくまで言語に内在的におこなうのが最も堅実な途だろう。具体的には「言語の中で可能な推論のパターンに注目することによって、そこから、ある言語表現が単称名であるための基準を析出しようという方法」である)。「有る」のその種々の異なった対象領域の対象性の基準は、すべて言語(特に論理学の標準的言語)に対してたてられる。言語分析によって、その存在論的コミットメントは抽出される。すなわちその言語を使うひとがどのような存在論的主張を正しいとみなすかがあきらかになるのである。
 ここで問うべきは、分析哲学の、言語の問題を特権化して存在論的な問いへ接近してゆく態度に排斥された「観念の途」が、いかなる動機から準備されたかだ。哲学的問題は何らかの経験によっては答えられない。その多くは概念にかかわる問いである。概念の具体化はその概念が実際どのようにつかわれているか、そのつかわれ方の問題だ。そこまではいいだろう。しかしなぜその概念があるのか。なぜ言葉があるのか。こうしたことが不思議におもわれるのが、おそらくは観念を観察したくなる動機の一部である。「意義の付着した諸々の言葉(諸々の表現)の有機的全体を「言語」と呼び、それは極めて多様な個別形態へと分解されるのであるが、この全体について、先ず次の問を立てることができる。即ち、それは抑もどのようにして生じたのか。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」, ハイデガー全集第一巻)もしこうした問いも含めて具体的に答えようとすれば、それは言語的表現に内在した分析を超えでてゆかざるを得ない。しかし一方でこれらに心理主義的な(つまり存在論的カテゴリーを先行させるような)解説をもって答えることはこの引用部のあとハイデガーもすぐさま批判するところである。新生児は首がうごかず持続的追求ができないから持続的実体の範疇を持っていない、と云うような憶断は、範疇の体系的構成をあきらめただ諸範疇を任意に並べあげていくことに終始する範疇論(それはまったく恣意的なものである)にはゆるされるが、ハイデガーはそうでない、すくなくともアリストテレスの範疇を「端的に範疇全体として現れる」ものでないとし、「思惟可能なものの全体」を「遥かに包括的」にあつかおうとするハイデガーは、そうではない。すなわち範疇論がその体系的全体への指向をもつかぎりで、それは存在論的な問いへ恣意的に答えるのでなく、吾々の思考をより具体化することで必然性にもとづき答えをあたえるこころみだと、結論してよい。こうして伝統的な範疇論が依拠してきた「観念の途」という方法意識は、言語的カテゴリーと存在論的カテゴリーといった区別から完全に切れたあらたな範疇体系を予想する。
 しかし、上述のような云いかたはあやうい。そもそも「思惟可能なものの全体」とのことばが抽象に抽象をかさねたような表現である。そのようなものを考察の課題とする際に、はたして範疇論は、分析哲学からなされる次のような疑念にこたえることができるだろうか。
 概念が従う規則とは、明らかに、天体が従う規則のようなものではなく、成立的規則である。「赤」という概念が正しく適用されているかどうかといった問いは、その概念が適用されている場面のいずれに対しても提起できる。これに対して、観念の従う規則というようなものがあったとしても、それは、個人の心的生活の事実に見いだされる規則性以上のものではないと思われる。
(飯田隆, 『言語哲学大全I 論理と言語』)
E・フッサールの、その著書『論理学研究』第二巻の二緒論にみられる抽象についての議論をかるく参照して、この疑念にこたえたい。抽象とは何かを問うその議論は、短絡すれば、表象を「非独立的内容」と「独立的内容」へ弁別することを端緒とする。吾々はかつて知覚した個々の事物をふたたび想いうかべる能力をもつが、また、想像の中でそれらをくみたてたり分解したりする能力も所有している。吾々は人間の上半身、一箇の頭、一箇の鼻、一箇の耳を、表象することができる。これらの断片は概念の同一性からみればけっして同一なままではないだろうが、切りはなせる内容である点で共通する。これが表象の「独立的内容」と呼ばれる。他方、たとえば「運動」の観念を動く物体の表象から切りはなすことは不可能だ。これが表象の「非独立的内容」と呼ばれる。ほかにも例として、「形」の観念がものからはまったく切りはなせないこと等があげられる。ところでこの切りはなすことの不可能性は、たまたま経験された偶然的事実だろうか。これに範疇論の立場から首肯してしまえば、それは存在論的カテゴリーの優先をのたまうことで範疇の全体的体系性を放棄し、単に相対的な(必然的でない)客観性を競う「経験的実在性」の範疇論(近藤良樹, 『弁証法的範疇論への道程』)に過ぎない。先程述べたようにそうした範疇論をここでは拒否する。したがって「運動」が動く物体とむすびついてのみ考え得ること、別様には考えられないということは、必然的に別様ではあり得ない。非独立的な諸対象(内容)は、しかるべき部分に依存する抽象的部分としてのみ表象される。その必然性は、言表の根本形式に由因をもつのでもなければ、実在に源泉をもつのでもなく、観念の──あるいは「内省」の──従う規則によると云わねばならない。
 以上の議論で分析哲学に完全に応答したというのは未熟だ(私の知的射程の短さからここではこれ以上の議論はないが、無論「様相」の問題等をふくめて分析哲学と対話を維持してゆくことはつづけねばならない。今後の課題である)。しかし現代からふりかえってカントの範疇表をながめる際に、上述のフッサールの考察をふまえることは無駄ではない。カントは範疇が概念でありまた純粋であるという証明を詳しくする必要を排斥した。だがその「純粋」と云われるのを、任意の概念に見いだされる分離不可能な抽象的内容の、その内のさらに抽象的でより基本的であるという「純粋さ」ととらえるのは、カント哲学における範疇論の位置する文脈を切りすてることかもしれないが、カントの範疇表を現代から評価するには有効にはたらくだろう。本稿はここでようやく、カントに端を発するドイツ観念論の範疇論の展開を、そしてハイデガーの範疇論を検討できる地点まで到達したと云える。





3


 くりかえし述べておけば、範疇論は、たがいに異なる対象領域の対象性の基準を、それに応じて相互に限界づける作業である。吾々はそのそれぞれに固有な領域の本質(それがなくなればそれがそれ自身でなくなるような規定)をすでに理解している、ただ、その本質が何であるかを明確な言葉で云うことができない。そのあいまいにとどまるものに明確な表現を与えるのが範疇論の目指すところだが、それは「内省」という手段にふみこむかぎりで言語分析に基づき存在論的コミットメントを検討する方途(一例:D・デイヴィッドソンが行為文の論理形式を分析したとき、出来事への存在量化が必要となったため、はじめて「出来事」という存在者へのコミットメントがあらわれた)と区別され、また、範疇の体系的統一をなす全体をとらえようとするかぎりで知覚経験の観察をとおして一つ一つの範疇をとりだす途とも訣別する。そして、「内省」にふみこむこと、範疇の体系的全体を指向することは、範疇領域=思惟可能なものの全体を支配する法則を前提する点で、同じことの表裏である。
 範疇論については多くの異なった見解が存在する。上のような範疇論の規定はそのひとつにすぎない。特にこれはカントの云う経験的認識一般の可能性の条件としての範疇という規定とは反発する。実際カントに端を発するドイツ観念論の範疇論のながれ全般に否定的な私だが、それはドイツ観念論がしめす範疇表の体系性が、端的に虚偽だからだ。範疇領域を支配する必然性ないし法則は、経験と独立に知られるという意味でのア・プリオリとは区別されねばならない。「直観の対象一般に関するア・プリオリな認識としてのカテゴリー」(I・カント, 『純粋理性批判』)と範疇のア・プリオリが云われる場合でも、その「ア・プリオリ性」とは、吾々はいま吾々がもっているのとは別のカテゴリーをもち得たが、それがどういうものなのか、このカテゴリーのなかでは云うことができない、という体の確実性に過ぎない。そこにとどまっていては範疇の体系的構成も結局主観的なものになり、その完全性は永遠にかたり得ず、範疇論の作業はあいまい多義な各範疇の未規定部分をただただ主観に整理しやすいように限界づけてゆくのみとなるだろう。たとえばカントの範疇表にあらわれる「質[Qualitat]」の綱目の範疇「否定性[Negation]」について、いまだにそれが無=0のことなのか、逆向きの実在性=−aのことなのか、あるいはその双方とも否定性に属するのか、議論を提起しうる。しかしそれを一つ一つ確定する作業はまったく恣意的だ。すでに知られているとおりカントは自分の範疇表はアリストテレスの諸範疇とくらべ、体系的完全性をもっていると自負しているが、その自負は範疇導出の原理である形式論理学の判断表が完全なものであるかぎりである。そして判断表の完結は、アリストテレスの形式論理学が二千年にわたる吟味のなかでほとんど変化がなかったこと、ただそれだけにしか根拠をもたない。その体系的な外見が「先験哲学の神秘的とでもいわれるドグマ」(Norman Kemp Smith, A Commentary to Kant's "Critipue of Pure Reason" 2)と非難されても擁護はむずかしいだろう。参考のためにカントの範疇表を以下にあげておく。
分量[Quantitat]
   単一性[Einheit]
   数多性[Vielheit]
   総体性[Allheit]
性質[Qualitat]
   実在性[Realitat]
   否定性[Negation]
   制限性[Limitation]
関係[Relation]
   実体と偶有性[substantia et accidens]
   原因と結果[Ursahe und Wirkung]
   能動と受動との相互作用[Wechselwirkung]
様相[Modalitat]
   可能性-不可能性[Moglichkeit-Unmoglichkeit]
   現存在-非存在[Dsein-Nichitsein]
   必然性-偶然性[Notwendigkeit-Zufalligkeit]
この範疇表の各綱目には共通して三分法(トリアーデ)がみられる。それがなぜ三分法になるのかの説明はカントには見いだし難い。にもかかわらず、以降これがフィヒテ、シェリングをへて定立-反定立-綜合のかたちをとってヘーゲル弁証法に採用されてゆく。カントの解説は第一の範疇と第二の範疇をひとつの概念に結合することから第三の範疇が生じるというものであり、それでは第三の範疇は第一と第二の範疇の派生概念ではないのかとの疑念をまぬがれ得ない、また各範疇間の有機的連関もない。カントのこの不備をおぎなうのは、おそらくフィヒテにめばえヘーゲルに確立された弁証法的否定の方法論だろうが、そのレトリックは諸範疇の内在的展開というには詭弁である。みじかく解説すれば、フィヒテにおいてはまず不可避的に「絶対的自我[absolutes Ich]」が前提される。それはカントの客観的認識を可能とする純粋統覚と、道徳世界を可能とする実践理性を綜合統一した根源的な絶対的主観である。もっとも純粋で明白で「確実[Gewiss]」でなければならない第一根本命題において「絶対的自我は根源的に端的に自己自身の存在を定立する。」(J・G・フィヒテ, 『全知識学の基礎』)と云われるのも、もはやそれはそれがみずから表象したものがそのまま存在する、というような意識形態をもった自我であるということだ。みずから存在の根拠をみずからのうちに有した絶対的自我は、自己原因的存在として無制約的であり、「自我は存在するが故に端的に存在する」。また理念[idee]としての絶対的自我は、抽象の純化の極にある理念的原型でもある。他方、そうした本源的な自己意識とは別に、吾々の意識、すなわち常に何かを表象し意志する対象意識は、「表象さるべきもの[Vorzustellendes]」と不可分である。 この表象するものと表象されるものの対置において、前者が自我[das Ich]、後者が非我[das Nicht-Ich]と呼ばれ、第二根本命題が云われる。「自我には、端的に非我が反立される。」 ところで、この非我の反立活動はどこに根拠をもつのだろうか。「ではない」という反立作用は「である」という定立作用とは別種のはたらきであり、それは自我がみずからを定立する本源的な自己意識からは演繹できない。したがって反立の最終的な根拠は自我から独立の絶対的な外、つねに把握からのがれる外にもとめざるを得ず、それは第一根本命題の自我の根源的定立と同様に根源的に、「根源的な反立」となる。第一根本命題(自我定立)と第二根本命題(非我反立)は同じく始源的なのである。さて、しかしフィヒテはこの両命題には矛盾がふくまれているのであり、そのかぎりで両者を破棄せざるを得ないと云う。まず第二根本命題自身が矛盾している。この命題は一方で自我と非我は相容れないことを主張するが、他方では自我と非我は不可分で、見る自我は見られる非我があってはじめて見るものと成立する、逆に見る自我なくしては見られる非我は自我のうちに成立し得ないのである。こうして第二根本命題は自己矛盾をもつ。さらに第一根本命題と第二根本命題も矛盾している。一方において第一根本命題は自我=自我を主張している。しかし第二根本命題によれば自我は非我と不可分なものであり、この非我は自我のうちで自我により表象としてたてられたものであるから自我=非我である。つまり自我=自我で、かつ自我=非我(自我≠自我)なのであるから両者は矛盾する。云うまでもなくフィヒテの指摘するこれらの矛盾は、みせかけの矛盾だ。第二根本命題にいう矛盾とはただ自我と非我の相互前提的性格の指摘であり矛盾しない。第一、第二根本命題の矛盾はそもそも絶対的自我と対になるのは非我ではないのだから、第二根本命題から第一根本命題の逆理がうまれると云うのは虚偽である。実にフィヒテも上にあげた矛盾が実際には矛盾でないことを自覚していたが、しかしそのうえであえて矛盾的表現をとり、この矛盾の解決という展開によって新しい第三根本命題を発見してみせる。第一根本命題(自我定立)と第二根本命題(非我定立)の間の矛盾も、第二根本命題内での自己矛盾も、結局は自我と非我の矛盾を云う。したがって第三根本命題のめざす矛盾の解決は、自我と非我の非両立に調和的並存をもたらす媒介を見いだすことにかかっている。フィヒテによればそれを可能にする媒介は「境界[Schranken]」である。境界という媒介的存在が自我と非我の間にさしはまされることで、自我と非我は、互いに相手を制限し制限されるが、それがたんに制限にとどまるかぎりで相手を廃棄することなく両者は矛盾しつつ並存する。フィヒテはこの媒介的な制限(境界)を「可分性[Theilvarkeit]」ととらえ、第三根本命題を「自我は、自我の中に可分的自我に可分的非我を反立する。」と規定した。以上の三つ以外の始源的な命題はあり得ない。こうしたフィヒテによる、矛盾対立[Widerspruch]を動機とした自我・非我の弁証法の構想は、ヘーゲル矛盾論の十分すぎる先駆であったといえるだろう。
 ヘーゲルの範疇論の検討はここで気楽にとりかかれる作業ではない。それゆえフィヒテの範疇論をドイツ観念論の代表とみなしその理論的価値を問う。はたしてフィヒテの試みた自我・非我の弁証法は範疇論とどのようによりそうのか。範疇だが、これはフィヒテにおいては根本命題における論理的形式の活動様式が「範疇」と呼ばれる。すなわち根本命題から論理学の判断、そして範疇へ、という後半のみをみればカントと似たような流れをとるが、ここで解説するには根本命題から範疇へと短絡してよいだろう。絶対的自我のもとであらゆる実在が可能となるということから、第一根本命題からとりだされるのは「実在性」の範疇である。第二根本命題からは「否定性」の範疇が導出される。第二根本命題下の「非」「ではない」という規定はまさに否定性に他ならない。第三根本命題からは自我・非我の制限ということから「制限性(=規定性=可分性=根拠)」の範疇が得られる。無論これら「実体性」、「否定性」、「制限性」それぞれカントのそれとは別ものだが、これが自我と非我、有と無といった矛盾対立とその解決=綜合を具備する第三のものへという構造をもつことがまず重要である。根本命題にみるかぎりでは三者の関係は、まず定立があって、次に反定立があり、そして綜合へといわゆる弁証法論理の展開に対応している。しかし、このトリアーデの各段階をそのまま範疇にはめこむことの正当性が問われなければならない。
 範疇論が異なる対象領域の「分類」を目的としている以上、その目的が強いる或程度の制約がある。これについては後によりくわしく分析するが、今必要なだけの確認をすませておく。第一に、項目の重複のないよう、それぞれが相互に限界づけられていなければならない。これは当然だ。第二に、分類項目がすべて同じレヴェルに存することが要求される。すくなくとも分類項目が階層的にわけられるならば、その中でもっとも基礎的な階層だけをとりだし分類結果としなければならない。基礎的な範疇がただひとつだけだと云われるのなら、それは範疇論的には意義をもたないのでまったく無視してよい。以上の確認の後では弁証法論理が範疇の法則、範疇の内在的・必然的導出を支配すると云うのはあきらかに誤謬である(勿論範疇論のみを論ずるのでなければ弁証法も十分な理論的価値をもつだろう)。定立・反定立がおのおの一面的でありその全体的統一として綜合が考えられているかぎり、「実体性」「否定性」「制限性」とならべることは第一と第二のレヴェル/第三のレヴェルの区別をおかす完全なカテゴリーミステイクだ。「根本」命題との云いかたから第一、第二、第三がいずれも基本的というのがゆるされるとは錯覚であり、弁証法の論理はその本性からして第一、第二の範疇を後により高次の範疇に統括される範疇として扱わざるをえない。よって範疇論的には、第三の範疇の内にすべては云われてしまっている。つまり境界の下に自我も非我の範疇も成り立つと。しかしフィヒテを尊重すればむしろこう云わねばならない。第一の根本命題にあらわれる絶対的自我は、端的に定立される、すなわち他に制限されることのなく存立する自我である。ならばむしろ第一の範疇と第二の範疇の矛盾ではなく、第二と第三の範疇の区別の方が低次のレヴェルでの対置ではないのか。すなわち、非我の反立と自我と非我が互いに制限するのとはまったく同じことである、「制限性」と「否定性」はまったく等価であると。このように考えた場合、弁証法の三段階を範疇の内在的展開とみるのは虚偽であり、むしろ「定立」と「反定立-綜合」の二つを同じレヴェルであつかおうとすることが範疇論的には誠実である。余談だが、この考えはフィヒテの知識学の具体的な展開であらわれる、根底にとどまる絶対的自我(定立)と、反定立-綜合の二段階(デュアーデ)の展開というトリアーデとはまた別の配置と通底するかもしれない。だがそこで「定立」が特権的に規定されてしまうなら、ふたたびカテゴリーミステイクは回帰する。
 ドイツ観念論に展開された範疇論を、以上の議論のみで簡単にすませてしまうわけにはいかないだろう。しかしそれにわかち難くむすびついている三分法、内在的超出を可能にする弁証法的矛盾等の要素は、範疇論の観点からは唾棄すべきであるというのが私の確信だ。たとえ三分法の原理が正しかったとしても、弁証法とはまた別の手引きに説明はよらなければならない。だが「ドイツ観念論の弁証法的範疇論」という枠組みさえはずれればその範疇論のなかにも収穫があるのは事実である。ここでは特にカントの説く範疇の「先験的演繹」をとりあげたい。
 さて、範疇の「先験的[transzendental]」演繹ということで、カントは範疇が経験的認識一般の可能性の条件であること、感性的知覚そのものの根底に悟性とその範疇がはたらいていることを解明しようとする。これを額面どおりうけとれば諸範疇の体系的構成が不発におわるため、前に私はこの発想を拒否すると述べた。事実カントの場合各範疇の導出は先験的演繹とは別におこなわれる(それは範疇の「形而上学的演繹」と呼ばれる)が、その体系的全体性のいつわりはくりかえすまでもない。しかし視点をかえる必要がある。範疇の「先験的演繹」はその意図はどうあれ範疇の由来をある分類をもってしめすそうとする。自分の思想を適当に範疇にはめこんでしまうのより、この「範疇」自身の由来を問ううちに不可避的にあらわれる分類こそ重要だ。
 では範疇の先験的演繹とはいかなるものか。経験的認識は、受容性の感性と自発性の悟性の二つからなりたっている。悟性を欠いた感性的直観だけでは盲目だが、悟性のみでは思惟しうるだけで空虚である。この感性的経験のうちに、結合という悟性の自発性の機能を「先験的」に考究しようとするこころみが範疇(純粋悟性概念)の先験的演繹と云われる。つまり、たとえば私が精神疾患で自分を自分ともわからなくなれば、私にとっての個々の経験は解体してしまう。しかしそれでも経験一般がなりたつのはどのような(経験に先立つ)条件によっているかを、独立に分析することはできる。経験を説明するのに先験的考究はそれを事実問題としてでなく権利問題としてあつかう。ここに至り先験性は習慣性とは明確に区別され、感性と悟性との結合の、可能性の条件を考察する途がひらける。カントの議論を追うと、まず吾々の感性的直観はあまりに多様でありそれぞれ一瞬一瞬の印象としてすぎさってしまうとカントは云う。すくなくともまずそれらが表象という同一性を獲得するには、多様な印象をつらぬく「直観における覚知の綜合[Synthesis der Apprehenslon in der Anschauung]」が必要である。そこからさらに遡行すれば、覚知の綜合がなりたつためには何が必要かという問いがたてられる。断定的に云えばそれは、すでに現前・現在からうしなわれたもの(たった今まではあったもの)を保持すること、対象をそれの現存なしに直観において表象すること、即ち「構想における再生の綜合[Synthesis der Reproduktion in der Einbildung]」である。しかしまたさらに遡行する。再生が可能となるには何が必要か。再生されたものがさっきと同じものであることの確認、さらにそれが位置づけられる系列的・全体的な同一性が先取されなければならないだろう。これが「概念における再認の綜合[Synthesis der Rekognition im Begriff]」である。再認の綜合が概念における綜合と云われるのは、それが基本概念[Grundbegriff]すなわち範疇のはたらきとひとしいからだ。ところでさらに、再認の綜合がなりたつためには、実は系列の全体的な同一性を確認するところの意識がそれ自身同一に留まっていなくてはならないと思われる。そこで経験が経験としてあらわれるための最低条件、つねにすでに同一にとどまる意識、「純粋統覚[Apperzeption]」をカントは発見する。ただそれにいう意識とは、それはもちろん経験の対象ではない、カントや私や彼奴や此奴の経験意識ではないのだから、「私は考える[Ich denke]」の同一性を云うより世界の自己同一性と云った方がよいかもしれない。いずれにせよそれは経験的認識一般において根源的にはたらく同一性である。
 範疇論の側からどうしても指摘せざるを得ないのは、ここにみる議論がまったく正しいとしても、それが「純粋統覚」に属する範疇の体系性には直結しないことだ。カントにそえば「統一[Einheit(一性)]」という概念は経験から独立でなければならないだろうが、それ以外の諸範疇は、それは獲得の過程は経験的だが、一度獲得されてしまえばそれは先験的にはたらくという相対的な客観性をもつだけではないか。むしろ「統一」を別格にあつかわないことこそカントの範疇論を生かす途である。それは次のようなカントの言葉を完全に逆転させる。
要するに結合は、多様なものの綜合的統一の表象なのである。それだからかかる統一の表象は、単なる結合からは生じ得ない、むしろ統一がこの多様なものの表象に付け加わることによって、初めて結合の概念が可能になるのである。この統一は、ア・プリオリに一切の結合の概念よりも前にあり、さきに述べた単一性のカテゴリーのようなものではない。…(略)…そこで吾々はこのような単一性を、もっと高いところに求めねばならない、即ち判断における種々な概念の統一の根拠を含み、従ってまた悟性の論理的使用においてすら、悟性の存立を可能ならしめる根拠を含むところのものに、これを求めねばならないのである。
(I・カント, 『純粋理性批判』, 篠田英雄訳)
逆転の発想は、だからその「統一」が「単一性」のカテゴリーによって考えられているということなのだ。「純粋統覚」という概念は単一の概念である。明白に。ただ判断に結合が先行しているという理由だけで判断表から導かれた「単一性」の範疇をおとしめることはできない。経験の対象の同一性と、それを経験するものの統一が同じ「一[Eins]」のもとに考えられてしまうことの方が強固である(後々のためにつけ加えておくが、このように断定することは、カントとは別の理由に拠って「単一性」の範疇と「統一」を同じレヴェルの異なった範疇としてあつかうことをさまたげはしない)。吾々はこう云ってよい、「範疇を可能ならしめる純粋統覚は単一性の範疇に属する」と。むしろこの自己準拠をさけようとするゆえに、範疇の体系性はつねに恣意的であることを強いられてきたのではないか。他にも統一以前の感性的直観の多様性とは、それが多様性一般ととらえられているのなら、現象的実在性、感覚にあたえられる触発・作用・手応えの固有なありかたをいう質の第一の範疇、「実在性[Realitat]」と区別がつかない。その場合、単一の概念でありながらまた統覚の統一をのがれるものとして、「実在性」は「単一性」と同程度に基礎的な概念であり得る。加えて受容性の感性、自発性の悟性、その結合による認識の成立という構図はどう考えても「能動と受動との相互作用[Wechselwirkung]」とほとんど同値であるし、さらには先験的演繹それ自体が、物自体[Ding an sich]による感性の触発という「原因と結果[Ursahe und Wirkung]」を暗黙の前提としているのは明白だ。つまり、カントは範疇の演繹を説明するのに範疇をつかう。この観点から範疇の体系性は考えなおされねばならない。論理学的判断の分類等より、範疇の由来を分析するうちにあらわれる物自体/形像[Bild]/図式[Schema]/範疇/純粋統覚といった分類こそまず重要である。
 「カテゴリーは経験の対象に適用され得るだけであってそれ以外の物の認識には使用せられ得ない」という枷ははずす必要があるだろう。もはやそれは認識論の枠のうちにはおさまらない。可能なものの全体というのは「経験可能なもの」ではなく、「思考可能なもの」の全体であり、範疇論は、或哲学者の親切な警告「…(略)…なぜならば、思考に対して、その限界を定めうるためには、その限界の両側を思考できるのでなくてはならないだろう(よって、思考できないものを、思考できるのでなくてはならない)からである」(L・ウィトゲンシュタイン, 『論理哲学論考』)を越えてゆく。それは入念な準備のもとに、思惟に対して限界を画そうとする作業である。





4


 カントですら範疇論を誤解していた。しかしそれはカント哲学の中での範疇論の位置づけがあやまりだったということであり、たとえばその四綱目と三分法という独自の体系構成は、後続のカント批判を公言する哲学者の範疇論にもやすやすと受けつがれてしまったりする。今一度ハイデガーの言葉をかりて、この柔軟がすぎる「範疇論」を再定式化しておきたい。
 本論はハイデガーの範疇論の特異性を問題とする。その姿勢の公平のためにいっておかねばならないことがある。それは初期ハイデガーの範疇論が、いまだに諸範疇の体系的構成を論理学的判断の判断形式の体系と等価にとらえているという点である。この事実からいくつかの解答を要する疑問がでてくる。
 ひとつは単純に、ハイデガーはカントとまったく同じあやまりをくりかえしているのか、と云うこと。これには即座に否とこたえることができる。カントの範疇の「形而上学的演繹」は、範疇が体系的外観をもつことを理由もなく前提しており、そこへむかって予定調和にもろもろの判断形式がただ配置される趣味的なものだ。別の機会にカントに判断表を書かせればまた違ったものになっただろうと疑われるほどである。対してハイデガーがかたるのは、範疇論が確実な基礎を得るためには「叙述構造の論理学を徹底的に顧慮し考慮に入れる必要がある」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)ということであり、範疇の体系的全体が可能であることは主張しながらも、その完成は将来への課題として常にさきおくりしている。カントとくらべたこのハイデガーの慎重な態度を評価するのは正当だ。
 もうひとつは、ハイデガーの範疇論の主張と、以前に解説した言語の構造から対象の構成へむかう分析哲学の方法意識と、異なるところはあるのか、という疑問である。この疑問に端的に否とこたえることは難しい。ハイデガーはG・フレーゲの論理学的数学的諸研究に無知ではなく、すくなくとも主語と述語の交換不可能な関係づけ方向、つまり、文が語の一次元的な並びでないというフレーゲの基本気な観点を理解していた。またハイデガーが、カントが「あらゆる悟性概念の発見の手引き」として判断論をもとめたのに比して「近年の論理学の功績は、判断そのものを問題にしたことである。」(「論理学に関する最近の諸研究」)と云うとき、もはや範疇論と論理学的判断論の区別はみえないか、さらには範疇論は不要かのようにも思える。実際この時期(1910年代)のハイデガーの興味はまさに論理学、それを可能ならしめる概念や命題の形式的な構造にあった(そして、じきに現実の生の多様のなかで作用する意味や真理の生成に興味がうつるにつれ初期の論理的な概念について追究する姿勢は薄れていった)とみるのが通常の解説だろう。しかしそれではなぜ、初期のハイデガーは範疇論をかたったのか。ハイデガーは範疇論の何に惹かれたのか。『初期論文集』初版のための「序文」(1972年)で、ハイデガーが初期の自分をかえりみて、当時の範疇問題の問いの取り扱いかたが「一切の存在-論理学にとっての判断論という支配的基準に、不可避的に依存している」と云われながらも、なお範疇論が「有への問い」として「言語への問い」と区別されたのはなぜか。これらの問いに答えようとすることは、初期ハイデガーの論文にあらわれる範疇論のあつかいの細小な検討と、それがやはり論理学的判断論の考察に拘束されているのをみとめつつも、そこから逸脱してゆく部分を逃さずひろう読解を要請する。
(この時期のハイデガーについて間接的なフレーゲはともかく、直接的なフッサールの『論理学研究』の影響に言及しないのは片手落ちである。またもや今後の課題とさせていただきたい。)
 ハイデガーは1912年「現代哲学における実在性の問題」ですでにカント批判という形で範疇をかたっている。カントは「純粋悟性概念」を、それが悟性の機能といわれているにもかからず適用される対象を直観的なものにかぎった。しかしたとえばその「純粋悟性概念」といった概念自身は何なのか。それは非直観的なものであるが、悟性によって思考されているのではないか。ハイデガーは、悟性がそれ固有の対象をもたないかぎりそのようなものは思考できない、よって思考の対象はすべて直感的な本性をもつとするカントの経験論的な見方は維持できない、と結論する。また他にも、カントが感性的認識の素材として前提しているような感覚の無秩序で混沌とした質料でさえ、それは決して表象されないし、経験もされはしないのに思考されてしまうのはなぜか。ハイデガーの結論は、思考が範疇の適用に拘束されているとするなら、そのような混沌はおよそ思考され得ない、よって範疇がなくても思考はなされる、とするものだった。ここではつまり、思考することができる可能性として、非直観的な「範疇」それ自身への範疇の適用と、範疇の外部である混沌がすでにかたられている。後にハイデガーの範疇問題はカントの射程を越えてゆくが、その契機はここにあらわれた「経験の対象」と「思考の対象」の峻別にある。ハイデガーは、経験の対象を悟性によって加工するとは別の能動的活動を思考に認めた。そしてまたキュルペの次のような言葉をハイデガーが引用するとき、その「思考の対象」にもある法則がはたらいていると考えていたはずだ。
「思考がおのれの対象に何らの影響も与えはしないとするならば、思考の合法則性はいったいどこにあるのか、と問うなら、それに対しては、思考はおのれの対象に従うのだ、と答えることができるだろう。思考の法則とは思考の対象の法則であり、それ故、カントが彼の認識論に要求するコペルニクス的革命は、思考には当てはまらないのである」
(キュルペ, 『カント』)
ところで「現代哲学における実在性の問題」にはもうひとつ、非直観的に思考されるもの、悟性固有の対象として論理学の概念があげられていた。次の「論理学に関する最近の諸研究」(1912年)や「心理学主義の判断論」(1913年)にはより積極的な範疇論の規定があらわれているが、しかし同時に範疇論と論理学の拮抗があらわれるのもここからである。一方では、範疇の問題をただ感性的なものだけに制限したカントの失敗がかたられ、それに対してエミール・ラスクの「思考可能なものの一切」を抱括する範疇論をハイデガーは対置する。その思考可能なものの一切、と云われた場合、それは思考の対象となるもの、それから対象性への可能のうちにあるものの一切であるが、したがって「非対象的なもの」すらふくまれるという可能な限界までその範囲は拡張される。しかし他方で、いかなる場合にも或る対象を規定するのはひとつの「判断」によって、と云われ、そして判断とは主語である質料についての述語である範疇的形式による言表だと云う。すなわち、規定可能な対象は判断によって何らかの形式化をうける、その捕捉する形式が範疇とよばれる。これはアリストテレスの範疇論のとりあつかいに近似している。アリストテレスのカテゴリー論は基本的に述語を論じたものだが、その述語を論じるといった背景には論理学の命題の探究がある。論理学の命題はつねに真か偽なる言論である。その命題は形式的には「名称」と「動詞」(あるいは「主語」と「述語」)の結合によってなりたつ。カテゴリーをみいだす作業は、結合によって云われる諸命題を結合によらない最初の要素、主語とそれらの述語とに分析し、さらにそれぞれが属する類の最高類をもとめるという仕方でおこなわれる。そこで範疇はただ判断の構成要素であるにすぎない。さらにハイデガーは、ラスクの言葉をかりて、範疇によって言表される主語=質料は範疇でもあり得る、「範疇は無限に範疇の質料になることができる」と云いい、だからこそ範疇の適用は感性的なものにかぎられず、論理学の対象もある、と云う。しかしこれは述語についての述語、現代論理学でいうところの二階の述語についてかたちをかえて云っているのだと思われ(そして範疇が範疇によってつつまれる無限後退は、いくらでも高階の述語が考えられるフレーゲの文の分析法にくらべられる)、そのかぎりでそれは範疇体系全体を再帰的に範疇としてあつかうという思考の極限的な可能性とは無縁である。特に「判断の構成要素」としての範疇が説かれる場合には、「思考可能なものの一切」は「認識可能なものの一切」(認識、といっても勿論カントの云う意味での認識ではもはやないが)とおきかえられ、認識とは判断である、判断とは認識である、したがって種々様々な認識の種類と射程とをより確実に規定すること、もろもろの判断形式をひとつの体系の中にくみいれることが、ただそれだけが範疇の可能な体系的全体であるかのようにハイデガーは主張している。その場合、ハイデガーのかたる範疇論は、まだそこまで洗練されていないとはいえ「関数」的視点(文の、Argument と Function への分解)をもちいる現代の論理的意味論にあますところなく解消されてしまうだろう。
 ハイデガーの、この範疇論に対する態度の振れは問いをうながす。範疇が適用されるのは規定可能なもののみだろうか。前半の範疇の適用領域の爆発的な拡大を云う言葉からすれば、「規定不可能な対象」という対象もまったく可能なはずではないか。それは、単純に規定可能な対象すべてを主語にとって、それを否定するといった判断によって獲得されるような対象性ではない。あらゆる対象性からつねにすでにのがれるものとしてその対象性は考えられている。こうしたハイデガーの振れが示唆するのは、アリストテレス的な伝統的範疇論、命題の形式的分析という束縛を疑ってみる可能性だ。確かに論理学の原初形成体は、それについて真か偽かを云いうるという意味での「判断」である、そしてハイデガーが次のように云うのはまったく正しい。
判断(複合体)の複合性は判断を概念(非複合性)から区別する。確かに、概念も複合的ではあるが、しかしそれは判断とは別の仕方に於てである。判断の複合性は判断のうちにのみ見出される複合性であって、それは判断の現実性の性格と密接な関係にあるのである。
(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」, 岡村信孝訳)
ここで云われている「現実性」とは認識の対象としての対象性という程度の意味であり、「判断の複合性」とは、判断全体とその真理性に寄与する判断の部分、といった判断の構造を指す。当然判断が複合的であることと、基礎的諸概念ではない「複合概念」の複合とは別のことである。だからこそ、ハイデガーのこの慎重な指摘は、カントがその純粋悟性概念の体系として概念の概念、複合的であったり派生的であったりしない基本概念[Grundbegriff]の体系をもとめたとき、それはすでにアリストテレスの対象への述語の形態の分析からはじまる範疇論とはまったく無縁だったことを同時に指摘している。にもかかわらずカントは不用意にもそれが論理学の問題と通底すると考え(この点に関して謙虚すぎるということは一切ない。仮に現代的な範疇論が構想されたとしても、それがそれだけで分析哲学、言語哲学に貢献しうるかどうかはまだ何も決定されていない。もしそこに何らかの類似性がみられるとしたら、重大な発見である)、その先入見をハイデガーも共有したのは、下のような言葉にあきらかである。
…(略)…範疇問題がアリストテレスに於てもカントに於ても述定との、つまり判断との何らかの連関に於て出現するということは、「偶然」ではなく、範疇問題の最も内的な本質に基づいているのである。
(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」, 岡村信孝訳)
しかしまた、ハイデガーが目下の課題はあらゆる認識の本質性状をあきらかにすることだと云うとき、「しかしながら、認識とは何であるか。この問いによって、われわれは哲学一般の最も深い問題にひとつに触れるのである。」(「心理学主義の判断論」)と問うことも忘れていないのは、わずかながらハイデガーが認識論の枠組みをこえて対象性への可能のうちにあるものの一切を考えていたことをおもわせる。そして実際この範疇論に対する二重の態度は、論文「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」において「超範疇[Transcendentia]」と「範疇」の区別に明瞭化されてあらわれている。この区別を徹底的に(時にはハイデガー以上に)重要視することで、ハイデガーがおこなったそれまでの範疇論の歴史への決定的な一撃を、あたらめてとりあげることができるだろう。





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 ここまで種々、歴史的に偉大とされてきた範疇論への努力を批判してきた本論である。それらにかわるまた別の範疇体系を、細部にいたるまで完璧にしあげなくとも概観可能な全体として提示できなければ嘘だろう。ところで冒頭に述べたようにハイデガーは範疇体系は全体としてあらわれなければならないとの見解だが、実際自身の範疇体系を、たとえばカントのようには統合することはなかった。そのため以下では、今まで本論が基本的にとってきた哲学の注解という叙述の仕方をやめ、私の個人的な読みと、ハイデガー自身のことばを、そして時には他の哲学者のことばを区別なしにおりまぜて、ハイデガーの描かなかった範疇体系の構想を実演してみせる叙述をこころみようとおもう。ハイデガーが範疇論についてかたるのは秩序だっているとは到底云えないやりかたであり、結局この作業はどんなにそれが厳密であっても、ハイデガーの体系を補完しその穴を埋めるのではなく、あちこちにち散らばっているものをひろいあつめ、輪郭をつけ、包括的にととのえるという作業を必然的に要請する。それゆえ、以下に展開されるハイデガー解釈は相当特異なものだ。これがまだ準備作業にとどまるものだとは、強調しておく。



 範疇体系の導出は、ア・プリオリな証明等によって確実性を獲得するような方法でおこなわれるのではない。むしろどこからはじめても結論は同じ範疇体系にいきつく、というのが理想である。しかし、ここでは次のように仮定してみることから考察をはじめたい。範疇体系は、完成した。思考可能なもののすべては、そのそれぞれ固有な在り方によって位置を範疇体系のうちに指定された。それが実際どのようなものかは知らない。ともかく完成されたと仮定する。すると次のような疑念を発することができる。その範疇体系全体、「思考可能なもののすべて」を見渡す思考は、範疇のどこに属するのか、と。この疑念に答える前に、そもそも「思考可能なもののすべて」をより詳しく特徴づける必要がある。
 「思考可能なもののすべて」といってまず素朴にそれと等価とおもわれるのは、思考の対象の対象領野一般だろう。その場合、それはまだ何も規定をうけず何も限定されない。それはいかなる範疇的形式化よりも(時間的発生という意味とは別の)前にあるもの、それ以上その背後へと遡って問うことのできないある究極のもの、つまり対象一般を可能ならしめるものとしてとらえられる。しかしそのように範疇から遡行して見いだされた「思考可能なもののすべて」は一面的だ。いかなる対象性もそこに含まれているということでまず理解されるのは無際限なものだが、他方それは範疇体系全体なのだから有限である。この区別は「思考可能なもののすべて」が意味する「対象領野一般」ということと、対象性を網羅した「範疇体系全体」ということの分裂に起因する。単純な議論だが、後者の場合、「範疇体系全体」を思考可能とみなすと、その対象性をあらたに体系につけくわえざるを得ず、すると「範疇体系全体」も変わってしまうため、また「『範疇体系全体』を思考可能とみなす範疇体系全体」という対象性をつけくわえるを得ず、すると「範疇体系全体」もまた変わってしまうため、また「『(範疇体系全体)を思考可能とみなす範疇体系全体』を思考可能とみなす範疇体系全体」という対象性をつけくわえるを得ず、…という無限退行の困難がさけられない。したがって後者の「範疇体系全体」という意味での「思考可能なもののすべて」は端的に思考不可能である。それは徹底して範疇を拒否する。しかし、一方でそのような「思考可能なもののすべて」の性格づけに注目してよい。そこで「思考可能なもののすべて」とは思考の外、思考にとっての「無」である。この意味での無はほとんど有と区別されない。「思考可能なもののすべて」を否定することが無なのではなく、その「思考可能なもののすべて」の無際限を全体としてあつかうことそれ自体がもはや無と不可分だからだ。こうした考察は、「形而上学とは何であるか」でハイデガーが形式的不可能性としてとりだした(想像された無という形式的概念と区別される)「本来的」無への問に対する答と同型である。[*1]

[*1]とは云い条、ハイデガーの答はそれほど単純ではない。ハイデガーの考察は、まず吾々は決して有るものの全体をそれ自体において絶対的に把握しない、という前提からはじまり、一方で、やはり吾々は何らかの仕方で全体として露呈された有るものの真只中に吾々自身を見い出す、と云われる。つまり吾々は日常的生活のなかで、仮に影のようにではあるとしても、有るものを「全体として」把持している。たとえば「何となく退屈だ」という気分において。よって無が吾々に出会われるのも、有るものを全体として否定する仕方ではなく、気分という仕方の内でのみだろう。ハイデガーによればこの出会いは可能であり、その気分は不安である。しかし「気分」の区別によって思考をおこなうのは厳密とは云い難い。むしろ「退屈」と「不安」の分類は必要でなく、吾々が有るものの全体へ導かれることがすでに無との出会いであると短絡してよいのではないか。この短絡によってハイデガーの考察と、範疇論の思考はかさなる。「無は、対象でもなければ、総じて有るものでもない。無は、それ自身だけで現れて来るのでもなければ、無がいわば縋り着く有るものと並んで現れて来るのでもない。無は、人間の現有にとって、有るものが有るものとして開示され得ることを可能にすることである。無は、有るものに対する反対概念を最初に交附するのでなくして、有それ自身の本質に根源的に属している。」(「形而上学とは何であるか」)

 対象的に思惟されるものでもなく、有るもの全体の殲滅でもない「本来的」無をハイデガーがかたった時(1929年)、既に範疇論はそうした対象的把握からのがれるものを見逃す誤謬としてわすれられていたと思われる。だがむしろこの「無」からこそ範疇論は開始される。幾らその形式的不可能性が強調されようとも、「無」という概念はひとつの概念である。ただしそれは超越的な概念であり、そのかぎりでそれを他の概念と同列にあつかうことはできない。このことは次のように云いかえられる、すなわち【無】は、範疇体系を超出している超範疇[Transcendentia]である。もとはスコラ哲学の用語であり、ハイデガーの「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」でふたたび取り上げられた「超範疇」は、それが意味するところは「それを包むより高次の如何なる類も持たない」範疇ということだが、ここでは、もはやそれに対してメタ・レヴェルにたつことができない(それを含めた全体をもはや範疇としてあつかうことができない)範疇、と解したい。しかし、それならばこの超範疇【無】において一切はおわるのだろうか。超範疇についてこれ以上扱うことは不可能だろうか。これらの問いに対し早々に首肯してしまい、超範疇についてさらに追究することを放棄することが範疇論の思考停止をうながしてきた。確かに超範疇は最終的なものであり、そこからより根源的であるという順位はみとめられない。そこでハイデガーがドゥンス・スコトゥスを経由して持ちこんだ決定的な考察を参照する必要がある。「置換可能性」と「循環」。あたえられる超範疇が究極的なものただ一つであればそれは無意味である。超範疇は複数ある。しかし一方が他方より根源的であるといった事態があり得ない以上、何が超範疇に算入されうるかの判別は、まずは【無】と置換可能であるか否かを基準にするしかない。また、それらが提示されるそのされかたは、どれが起原でどれが終極とも云えないのだから、循環の中を動くうちその都度円周の異なる点に立つ、という仕方でしか提示され得ない。以上の認識をふまえることが、超範疇についてさらなる述定をおこなう条件だ。[*2]

[*2]ところで、ハイデガーは「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」では「無」を超範疇とみなす、ということはしていない。無ではなく、まだ何の範疇的な規定を受けていない一つの或るもの[Etwas]──そして如何なるものも一つの対象である──としての「有ルモノ[Ens]」から超範疇の考察をはじめている。そのため範疇体系自体を範疇としてあつかうといった極限的な思考は無視されており、この時期のハイデガーの範疇論はやはり両義的である。「従って、有ルモノの他に何が超範疇に属するとみなされうるのかについて、置換可能性がそのための判別基準を与える。置換可能性は、対象を構成する諸要素の中で究極の、そして論理的な順序に於て最高次の領域を画定するのである。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)

 それでは、超範疇【無】と置換可能と考えられるものは一体何か。すでに確認したように【無】とは端的な思考の外部、思考の対象としてまったく不可能なものだ。ところがそこには或る制約がある。その制約からのがれるため、【無】と区別された「超-無」というような云いかたをしたり、【無】の上に抹消記号をしるしたり、「 」と沈黙をよそおうことは、しかし何の意味ももたない。すなわちそこでは「ひとつの」概念が、「ひとつの」表現が、「ひとつの」空白が考えられてしまっている。量的に。それは内容如何にかかわらない。それが全き零であろうが全てをつつむ無限であろうが、ただただ量として、「一」の制約がついてまわる。だが逆説的にそのことが最も明白になるのが、肯定的にかたることのできない【無】においてである。無がその不可能性を強調しようと上述のような足掻きをくりかえせばくりかえすほど、「一」の制約は明瞭になってしまう。裏返せば「一」をとらえるためにはまず【無】を導入しなければならない。つまりこの「一」はただ漠然と導かれるものではない。それは、「一」という制約と、それからのがれようとする【無】の、はげしい裏のとりあいではじめて確認される強い【一性】である。この勝負に勝敗はなく、それゆえどちらがどちらに優越することはあり得ない。まさにこのような関係が超範疇の置換可能性と呼ばれるのだ。ハイデガーによる置換可能性についての詳しい解説はないが、単純にそれが内容の、たとえば「無」と「外部」と「死」は置換可能だ、といった体の置換の可能性であればほとんど空虚だろう。【無】を前提とした強い【一性】の導出、そしてその闘争関係、これが超範疇に機能している法則=置換可能性である。[*3]

[*3]ハイデガーも「超範疇トシテノ一[Unum transcendens]」という云いかたで「一」を特権的にあつかうが、それは前述の「有ルモノ[Ens]」すなわち或るもの一般と置換可能であるから、との理由でしかない。「有ルモノ[Ens]」がいまだに視覚の対象といった説明を援用しなければ解説できない抽象化の不十分な概念であるため、ハイデガーの云う「一」も端的な概念(範疇)の量としての【一性】という完全に範疇論的な規定までにはいたっていない。この不十分さは「置換可能性」についても同様である。「視覚の如何なる対象も、それが白かろうが黒かろうが、あるいはカラーであろうが、とにかく色を持っているが、これと同様に、如何なる対象も一般に、内容的にそれが何を呈示しようと、有ルモノである。」「即ち、一は対象の本質には関係せず、寧ろ対象に最も基本的な規定性として必然的に付け加わるものである。如何なる本質も、一という形式に於て成り立ち、この形式は、対象が内容的に如何に異なるものであろうと、あらゆる対象に於て同じ一つの規定性にとどまる。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)

 次に問われるのは超範疇【一性】と置換可能と考えられる超範疇である。しかしここでも【無】に直面したときと同じ困難がまっているように思える。つまりこの、いかなる範疇においても自己を保持しつづける【一性】についてこれ以上あつかうことははたして可能だろうか。ここで超範疇の導出が恣意的にならないためには、以前と同様の手続きにしたがう必要がある。つまり【無】の場合も、そこですべては終わったと思われたにもかかわらず、しかし【無】が範疇としてかたられてしまったことから【一性】の置換可能性が気づかれた。したがってここでは【一性】がまさにひとつの範疇として提示されたことが問題となる。如何なる範疇もひとつの範疇と云われる、そのひとつということが、【一性】、とひとつの概念としてかたられてしまうこと。ここには一つという規定性からの概念(「一」)の独立があらわれている。つまり概念と「ひとつの」ということは素朴に密着しているのではない。一つのという規定性をおこなう際に、吾々は概念の外にでている。外部から眺めている。すなわち、概念を括弧でくくってしまっている。あらゆる範疇、あらゆる概念、さらに各々の概念の単一性ということでさえ、そのそれぞれがそれぞれにおいて多様であるのを「ひとつの」として等しく処理するのには、まず括弧入れという作業がおこなわれる。しかしこの括弧入れ自身は本質ではない、この括弧がなくとも機能しているのは、ただそれを他のものではないもの[das Nicht-das-Andere-sein]として制限する【否定性】である。この否定は厳密には、「否定する」といったすでにあるものを反転させまた別のあるものにする行為、おそらくそれが通常の意味での否定だろうが、そうした否定とは区別される。【否定性】はただそこにあるものが他ではないことを知らせるにすぎない。実にこの地点で【否定性】は【一性】と争う。【一性】にとってはその他のものではない、といわれる他のものがすでに一つのものである。だが【否定性】が摘発するのはその、他のものもすでに一つのものという対象の規定の仕方がすでに、それが他のものではないということに拠っている事実である。したがって争いは終わらない。この闘争と先程の【無】と【一性】の争いとの相違は何か。【無】と【一性】においては【無】をかたる際に【一性】がすでに前提されていなければならない、という転倒が問題視されていた。【一性】と【否定性】の対立は、【一性】をかたるには【否定性】がすでにそこに居なければならない、という転倒が問題になっている。それゆえ【無】と【否定性】はあきらかに異なるが、そこに見られる議論は同型であり、【一性】から【否定性】の導出を「置換可能性」による導出と理解してよいと思われる。【否定性】は、【無】、【一性】と並ぶ超範疇である。[*4]

[*4]以上の整理はハイデガーの用語では「異定立[Heterothesis]」とよばれるものと近いが、それが二つの関係肢の関係と云われるとき、範疇論の議論とは微妙な齟齬をきたす。ハイデガーにおいて「否定」は或るものから非-或るもの、ないし無を生ずるだけであり、それが如何なる他もあたえないかぎりで「異定立」から区別される。範疇論的考察もその意味での「否定」を【否定性】と区別することは上記に述べた。この点でハイデガーの「異定立」と【否定性】は一致する。しかしハイデガーが「異定立」を「一と他」或いは「一性と多性」、さらには「白と黒」と云いかえるとき、【否定性】を一つの「他」、一つの「多性」ととらえる方に最終的にかたむいているように思われる。範疇論的考察では、如何なる「無」も「一」として成り立つとは云えるが、「他」さえも「一」に回収してしまうのは拒否されねばならない。「如何なる点に於て或るものは一つの或るものであるのだろうか。それは他のものではないからである。それは一つの或ものであって、この或るもの-で有るということに於て、それは他のもの-ではない-ものである。…(略)…一と他とは対象一般とともに等しく直接的に与えられている。一ではなく、況んや二に対立する数の一でもなく、一と他が、即ち「異定立」が、対象をわがものとする思惟の真の根源である。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)

 超範疇【否定性】からみちびかれる超範疇は何か。上述の置換可能性の議論にしたがえば、或るものが他のものではないものである、という性格を付与する【否定性】そのものがまさに範疇としてあらわれてしまう事態が問題とされる。この問題化は、それもまた「ひとつの」概念ではないか、との【一性】から提起されるのではない。定義上【否定性】はそうした固定した把握からつねに逃れつづけるからだ。問題はより深刻である。そもそも【否定性】が概念として把握されるなら、それ自体が他のものではないものであると云われたとき、その他のものとは何だろうか。それが単純にもう一つの或るものであれば、それらはある共通の系のもとに対をなすように(相互否定)それぞれ別個のものとして並べられるだけだろう。しかしそのように他のものを一つのものとしてとらえることは、【一性】と【否定性】の闘争の性格からしてあり得ない。問題の深刻さは、そこに共通の系がないことからきている。ここで採るべき途はそれもはや実体的に想像しようとするのをやめることだ。他のものではないもの、という規定性が他のものではないものと云われること。この二重の他のものではないものの間には、ただ【差異性】のみが存在する。言い換えればフィヒテの云うようにそこには境界だけが生じている(フィヒテも『基礎哲学の独自的省察』で、第三根本命題を代表するのに「制限性」でなく「差異性[Verschiedenheit]」の概念を使用している)。だがそれを自我と非我の間の差異だと云うことは正しくない。【差異性】は、もともと自立的に有る二つのものの間に見出されるのではなく、そもそもこの次元が生じることによってはじめて二つのものが相異なるものとして区別され得るという次元である。そしてこの点で【否定性】と【差異性】は闘争する。【否定性】はその「境界」でさえ、それはまず他のものではないものであると主張するだろう。しかし【差異性】の観点からは他のものではないもの、という規定性がつねに「境界」の後の話である。それゆえここには【無】から【一性】の導出、【一性】から【否定性】の導出にまったく対応する事態がある。【差異性】もまた置換可能性の法則にしたがって導出される超範疇である。[*5]

[*5]明記しておかなければならないのはやはり、ここでの考察とハイデガーの考察との微妙な違いだ。「異定立」はあるところでは三つの契機(関係項と関係項とその「間」)をふくむものと解説されるが、それは依然自我と非我の関係としてあつかわれ、「間」のみが単独でとりだされるような記述はない。これだけをみても「異定立」と【差異性】は同一視できない。【差異性】は「一と他」、「同と異」という二項対立を前提しないからだ。それらはまさに異なっている必要はなく、ただただ相違していればよい。[*4]で述べたこともふくめて云えば、ハイデガーは【一性】と【否定性】と【差異性】をすべて同一の相の下に置くという軽率のまま、対象の原初的規定性をかたってしまっている。「異定立には三つの契機、即ち関係と二つの関係肢(関係項)が含まれている。関係が関係であるのは、ただそれが関係項の間に成立するからであり、関係項が関係項であるのは、それが関係を支えるからである。このように関係と関係項とは、ある観点からは相関的である。一と他とはこのような関係項であり、両者の「間」には関係が成立している。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)

 超範疇【差異性】と置換可能である範疇の考察に携わらねばならない。だがこれもまた困難な話だ。あらゆる範疇が差異の結果であるとしたら、超範疇【差異性】はもはや自己が結果でもあり原因でもある。そこですべては自足して完結しているのではないか。やはりここまでの議論と同じように、踏襲するべきは【差異性】が範疇としてかたられてしまった事態を注視する手続きである。【差異性】があたえる規定性は如何なる範疇も境界をもつもの、ということだ。したがって【差異性】が範疇にあらわれるとは、境界をもつものという規定性が境界をもつものと規定される事態である。これは単純に、境界を厚味をもったものと想像すれば、そこには新たに境界が増えてしまうという事態とまったく同様と考えてよい。しかし話はそこで終わらない。その新たな境界をも厚味をもつものとして想像すれば、そこには新たな境界が増える。その新たな境界をまた厚味をもつものとして想像すれば、再びそこには新たな境界が増える。つまり【差異性】の範疇化は差異の自己増殖を要請する。差異が差異のまま、ただ対象化できぬものにとどまっていれいばそれは一種「非-存在」「見えないもの」「かたり得ぬもの」の座を維持していただろうが、それが範疇化されることにより「差異の産出」が組織されるのである。だが上にみたようにこの産出はたった一度[境界の[境界]]を考えるだけでは機能しない。[境界]、[境界の[境界]]、さらにその[境界の[境界の[境界]]]…というかたちで産出が絶えまなく行われるということ、さらにその経過によって産出されたものがすべて連続体として保持されてゆくことが必要である。この差異の絶えまない産出、そしてまさに産出が産出されるかぎりにおいて保たれる統一をここで【連続性】と表現したい。【連続性】は、卑近な例だがたとえば一つのメロディー系列の「連続性」とは似て非なるものだ。範疇論的な厳密さでは、【連続性】とは境界がひかれる前と、境界がひかれた後をつらぬく連続性である。【差異性】の立場からは境界においてすべては終わっている。しかし【連続性】の立場からは、その境界を分割線ととらえるならば、その境界が差しはさまれる前後とその移行綜合を保証するもの(つまり【連続性】)がなければならない。この整理は、置換可能性の闘争とまったく対応する。したがって【連続性】は超範疇と認定される。[*6]

[*6]この考察のあたりから最早ハイデガーという固有名は意味をなさなくなってくる。強いてあげるなら数学的な対象領域(自然数)についての議論にあらわれる系列法則、ハイデガーの云う「一様性」が【連続性】に近いかもしれない。だがむしろここでの考察はフッサールの初期時間論を参考にした(斉藤慶典, 「フッサールの初期時間論における『絶対的意識流』をめぐって」, 『哲学』87年5月号)。当然フッサールの議論ほどの厳密さはないが、範疇論としての単純さを優先した。「この等しい観点のもとでの規定可能性(引用者註:「分割可能性」「切断」)、現代風に言えば、純粋な量(引用者註:自然数)を徹底的に支配する系列法則のものでの規定可能性は、量そのものではなく、それは言わば量から流れ出るものである。…(略)…分別を可能にするところの純粋な連続体は、非連続体によって初めて複合されるのではない。一切の連続体に先立ってそれは、同一の視点のもとでの規定可能性を抑も可能にするところの、ある同一のものとしてある。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)

 やや議論が込み入ってきた感がある。ここでわずかながら整理を行い、さらへ先へと進んでゆきたいと思う。ここまで、「それを包むより高次の如何なる類も持たない」範疇、すなわちもはやそれに対してメタ・レヴェルにたつことができない「超範疇[Transcendentia]」として数えあげられた範疇は、次の五つである。
:【無】
:【一性】
:【否定性】
:【差異性】
:【連続性】
範疇体系の導出はまず、思考可能なものの全てとの出会いを不可能なもの=思考の対象領野にとっての【無】とみなし、それを超範疇として確定した。次に超範疇【無】がつねにすでに単一的にあらわれてしまう(たとえ「それを前に吾々は言葉をうしなう」と云われた場合でも、「それ」とはひとつの何かである)ことから、【無】と置換可能な範疇【一性】を導出し、そして【一性】も、それが範疇にあらわれてしまうときすでに他のものではないもの[das Nicht-das-Andere-sein]という規定性を前提していることが指摘され、【一性】と置換可能な【否定性】の超範疇が導出された。さらに、範疇【否定性】には「境界をもつもの」という規定性が先行しているとの理由から超範疇【差異性】を導出し、つづいて差異が差異として知られるには差異挿入の前後の移行綜合が必要であり、それゆえ【連続性】が【差異性】と置換可能な超範疇として導出された。この範疇体系生成の契機である「置換可能性」という仕掛けは、無論その正当性を積極的な証明、演繹という意味での証明によって保証することはできない。ただその過程をより厳密に記述しようと志すことができるのみである。だが、ある程度それが規則的に行われているとはいえこの過程が際限なくつづけられるか、或はどこか適当なところで切り上げられるというのでは、結局思いつきによってあつめられた非体系的な観念の遊戯しか残らない。いずれにせよ、ここから先に進むにも今まで維持していた方途をつづけねばならない、つまり、【連続性】が範疇として提示されてしまうとは如何なることか、問わねばならない。
 如何なる範疇も前-範疇の次元と連続的に媒介されている。その【連続性】は明示的に意識されない。【連続性】はただ、経過した位相について瞬間的(=非対象化的)にはたらくと虚構されているだけだからだ。移行から移行の中でのみ、連続は連続を維持する。フッサールの表現を借りれば【連続性】はもはやそれ以上遡って問うことのできない「理念的限界」「限界概念」である。しかしさらに進まねばならない。たとえ虚構された概念であっても、根源的な代理表象であっても、それを【連続性】として範疇化してしまう事態は何を意味するだろうか。そもそもその超範疇【連続性】の前-範疇的次元には何があったのか。この問いに【連続性】の立場から答えることは容易である。理念的限界【連続性】の前に何があったかを問うのはまったく無駄な行為である、【連続性】の前との連続性があってはじめてその前を吾々は問うことができるのだから。この堅牢な態度に対抗するには端的に、何ももちださないことが正しいだろう。可能性の条件、すでにそこに前提されているもの、つねに不可分のもの、見えないもの、かたり得ず示されるもの等、こうした諸々の限界を提示せず、一切の思考を停止する。何も欲しない。何もしない。つまり何もない。提示(直面)されるのは【無】だ。そこでは何を理解したらよいのかわからないどころか、理解すべき正解が何もない。それゆえ【無】だけが、かぎりなく根源的な超範疇【連続性】の裏をとることができる。したがって、【連続性】と【無】は置換可能である。
 以下のように結論してよいと思われる。今までの議論をもう一度追跡しなおせば、超範疇の「循環」が確認されるだろう。【無】を端緒とした超範疇の導出は、置換可能性という仕掛けを経てふたたび【無】に立ち帰った。【無】から【一性】へ、【一性】から【否定性】へ、【否定性】から【差異性】へ、【差異性】から【連続性】へ、【連続性】から【無】へ、そして【無】から【一性】へ…と、超範疇は際限なく循環する。よって【無】、【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】のうちのいずれかが他に比べてより根源的かどうかは、もはや無意味な詮索である。[*7]

[*7]「循環」については『存在と時間』の一節がもっとも有名だろうが、「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」でもすでにハイデガーは循環をかたっている。基本的にハイデガーにおける循環のモチーフはここから始まっているのだと思われる。「しかし、それにも拘らず、有ルモノについて更に述定することは可能であって、ただこの場合、述定を不当にも一面的に、包摂に制限してはならないのである。勿論、我々はこのような更なる述定とともに、既に注意した例の思惟の円環運動に陥る。しかし、これは何ら妨げにはならない。というのも、この避けることのできない「不幸」(ヘーゲル)は我々の惹き起こすものではなく、対象一般そのものに基づくものであり、従って我々はそれを絶対的なものとして受け入れるしかないからである。」(「ドゥンス・スコトゥスの範疇論と意義論」)



 本論の作業が準備的なものだとは、タイトルからくり返し表明してきた事項である。特にここから先の考察は、ハイデガーの四方域[Geviert]の解釈のために引かれる補助線程度の役割しかもたないだろう。以下の議論が今後の考察の途で破棄されない、という保証はない。
 ここまでの課題は、「循環」と「置換可能性」をもとに超範疇の閉じられた円環を整理して叙述することだった。しかしさらに議論の射程をひろげるため、ここでその円環の切断をこころみなければならない。切断の端緒は【無】である。この【無】はまず、「超範疇」からさらにメタ・レヴェルに超出することをあらかじめ防ぐために導入された。もし【無】、【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】の全体をひとつの範疇として構成すれば(たとえば【超範疇の円環】)、それは超範疇の円環に数え入れることができない、しかしその数え入れることができないこと、超範疇にとって無縁であるという不可能な対象性がすでに【無】として範疇化されているため、範疇体系の「完結[Vollendung]」はおびやかされずにすんでいる。しかしその【無】と、範疇化という事態における遡行可能な限界点=【連続性】のさらに裏をかく【無】は、はたして同じものか。つまり議論の出発点であった【無】と、終着点である【無】は同一のものか。概念的(反-概念的)には、同一であるとしか云えないだろう。たとえば両者を(困難と知りつつも)表現する場合に、吾々がとりうる方途をそれぞれで区別することができない。抹消記号を施すこと、自己矛盾すること、つねに表現をかえて語り直すこと、概念的同一性からの絶えざる離反(そしてこの離反運動の記述の一般化からのさらなる離反)を強調すること等々[*8]、問題はこれらのこころみが失敗している(ことによって成功している)点にあるのでなく、それらが語ろうとするものに違いを見いだせない点である。比較的有効な途は、二つの概念を同時に持ちだして便宜的に区別しておくことだろう。しかしその二つの概念の、どちらがどちらであるかを云うことはできない。議論の出発点か否かの区別(たとえば【始源無】/【終極無】)は意味がない。終着点の【無】にはつねに【一性】を対立させることができる。出発点の【無】は、終着点である【無】であり、逆も然りだ。ではそもそもここで【無】を切断するのに何の意義があるのか。この論文に内在した意義は十分な意義ではない。つまりハイデガーの四方域の理解を容易にするため、という理由は答えにならない。まず提出し得るのは範疇論に内在した答えである。【無】について区別を考えることは、概念図式、すなわち範疇体系をより豊富にしてくれる。なぜか。

[*8]以上の例は、幾つかの文脈からほとんど無断で剽窃してきたものだが、これらが同一の相にならべられてしまうのは、ただただ範疇論的な観点からの単純化ゆえであり、個々の真摯なこころみ相互の違いは検討を要する。範疇論的には、それら一つ一つのこころみの中で【無】のうちにさらに区別があるか否かだけが重要だった。

 解説する。議論の出発点となった【無】と終着点である【無】を区別することで、自明としていた超範疇の循環がまず破綻する。今までは【無】、【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】のうちいずれから議論をはじめても、最終的にはこの五つの超範疇が導かれることが、超範疇のそれぞれがそれぞれに根源的であるという性格を保証していた。この保証はもはや効かない。しかしたとえばそれで【連続性】が最も根源的(超範疇の導出の最終段階)で、【一性】が最も素朴な(抽象性が低い)範疇だ、と云うのは結論が急ぎすぎる。やはり【無】をのぞいた【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】の四範疇はいずれも根源的である。より正確には、これら四つの範疇は、それぞれの固有の領域で最も根源的であるために、根源性という点で拮抗している。いささか恣意的な議論になる(つまり、本来ならばより字数をかけて展開しなければならない)が、【一性】は、“量(分量ではない)”の領域において【否定性】、【差異性】、【連続性】に先行している。【否定性】は、“性質”の領域において【一性】、【差異性】、【連続性】に先行している。【差異性】は、“関係”の領域において【一性】、【否定性】、【連続性】に先行している。【連続性】は、“様態(様相ではない)”の領域において【一性】、【否定性】、【差異性】に先行している。こうした配分は【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】をそれぞれ根源とした“量”、“性質”、“関係”、“様態”にまたがる「四×四=十六」の範疇の可能性を示唆する。現段階では、各々の範疇の規定の試行は、たとえば「反復」であれば“様態”の【一性】として説明できるのではないか、「零」であれば“量”としての【差異性】として説明できるのではないか、「強度」であれば“性質”としての【連続性】として説明できるのではないか──と云った辻褄合わせ以上の内容をもたないが、それをさらに敷衍する作業は可能であるし、また必要でもある。その過程で各々の範疇に当てはまる概念も代わってくるかもしれない(一言云っておくが概念の選択の問題のみがすべてを左右するのではない。重要なのは【一性】、【否定性】、【差異性】、【連続性】、そして“量”、“性質”、“関係”、“様態”のタームであり、むしろそれらの組み合わせだけで残りの範疇を表現してもよいのだ。概念の配置の作業だけに踊らされるのは、そもそもその概念が一義的であるかどうかという深刻な問いを欠いてしまうだろう)。だがすくなくとも「十六」の範疇という厳密な構成は、存在論的な問題に対しより節度ある範疇論的解決をあたえると思われる。それゆえ範疇論の意義が設定されるかぎり、【無】の接合を分断して範疇体系をひろげることは意義がある。本論の前半でしきりに範疇論の現状を確認したのはこのためだった(それが十分達成されたとは云い難いけれども)。
 では範疇論をはなれたとき、範疇をわざわざ「十六」へと増やす意義があるのかどうか。超範疇の円環の分断は、思考不可能なもの(【無】)について、そこで立ちどまらずさらなる分析が可能であることを意味している。多少強引な議論だが、射程の拡大した十六象限の範疇表を考えあわせれば、その四角に見られる、四つのカテゴリーそれぞれに対応した四つの不可能なものを、区別し得る。しかしこの区別は、カントが『純粋理性批判』にこころみた、各々が互いに異なれる性格を保った「無」の分類とは無縁である。そのような直線的な【無】の特徴づけはあり得ない。それらは定義上同一でしかない。だからこそ、これら四つの不可能なものは四方域としてすべて同時にしめされる必要がある。この場合四方域として配される概念一つ一つの解釈を問題視するのは無駄である。四つの概念は、もはやそれぞれがそれぞれの隠喩であるような戯れだ。おそらく「大地」、「天空」、「神々しいもの」、「死すべき者」の個々の意味を追跡しても、たどりつけるのは「存在」の語にほどこされた抹消記号までだろう。そこから先を問うには、個々の概念の理論的意義ではなく、そのように【無】をさらに四つに分断する不可能な区別の遂行の意義が、どこにあるのか問わねばならない。残念ながらこの問いに対する十全な解答の準備はない(それが今の私の限界であることは、潔くみとめる)。ただ好意的な予測をすれば、四方域という思考の遂行は「今なお極めて空虚であるという印象をぬぐい去ることはできない」範疇論的思考に、他の思考との交錯、概念の具体性との接触の可能を示唆している。にもかかわらず範疇論そのものが素朴だったため、それに対する批判も素朴たらざるを得ず(たとえば範疇論に、理論の単なる点的存在とはかけはなれた(と云われる)「真の現実性」「生ける精神」「精神の完全な内実」を対置させる態度)、結果範疇論をめぐる言説全体の質をおとしたというのが、現在範疇論がここまで枯渇した理由だろう。そのような凋落につきあう必要はない。これ以降範疇論をさらに厳密に組織するには、もはや伝統的に範疇論と呼ばれている思考とは別の思考の参照が不可欠である。



 唐突だがここで、ハイデガーの四方域[Geviert]を範疇論の観点から解釈する名目をもった本論を、ひとまず終えたいと思う。分類され得る十六の象限各々の解説が欠落している点、ハイデガーの四方域についての追跡が実際不十分な点等は致命的だが、正直この論考の後半部分はかなり息切れして書いていた。とにかく私自身の絶対的な勉強量が足りず、書きながらその書いている反論が思いうかぶのをおさえつつ無理に描ききったのは、細部にいたるまで斉合性が保たれているかあやしくなってしまった。しかしその途が多くの難に当たると知ってもなお、範疇論が未だ有効であるとの考えは私には犯しがたく思われる。戦いを続けねばならぬのだろう。解決を待つ問題は多い。








  • 書いた人:稲富裕介(゚Д゚)

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