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死の船

The Ship of Death
David Herbert Lawrence




        I

さあ今は秋、樹果が落ち
忘却への永い旅のはじまる時。

重々しい露の滴りのように
林檎たちは落ちる。
傷みから彼ら自身の出口を裂き開く。

さあ行こう、僕ら自身に別れを告げ
落ちながら自分の出口を見出して。


        II

もしまだ自分の死の船を造っていないのなら
きみもひとつ造るといい、きっと必要になるだろうから。

ひびわれた土地に、激しく
轟き鳴るように林檎が降りはじめる──、
きびしい霜の時季は間近だ。

そら、死は灰の香りのように大気に沁み入っている。
きみも嗅げるだろう?
分るだろう、吹きまく冷たさが口と鼻をふさぎ、
きみの膿んだ肉体の内のおびえた魂が
竦みあがり、縮かんでゆくのが。


        III

けれど人は自ら死期をつくり出すことができるだろうか、
たとえば錐刀で?

短剣で、錐刀で、銃弾で
生を砕き、脱け路の傷をつくることはできるだろう。
だがそれは死だろうか、はたして死と言えるだろうか?

否、言えはしない。惨殺は、たとえ自殺であっても
死をつくり出したためしはない。


        IV

そう、僕らが語りたいのは、あの静寂について、
僕たちのよく知るはずの、揺るがぬ平和の核心の
深く珍らかなあの静寂について。

でもどうしたら、僕らは死期を、つくれるのだろう?


        V

それだから死の船を造るんだ、
忘却へのもっとも永い旅路に臨むため。

古き自己と新しい自己とのあいだに横たわる
永い永い死の痛苦──それをなし遂げるため。

僕らの肉体はもう地に墜ちた、傷ついて、酷く傷ついて。
僕らの魂はもう洩れおちた、無惨な擦り傷の出口から。

くらく法外な最果ての海が、いつしか
僕らの創痍の裂け目を洗い、うち寄せて、
満ち溢れる潮はすでに僕らを沈ませた。

だから死の船を造れ、きみだけの小さな箱船を。
そしてそれを糧で充たせ、小さな菓子で、葡萄酒で
忘却へ下だる昏い飛躍にそなえるために。


        VI

少しずつ肉体は敗れ、
おずおずとした魂の足場も
闇黒の潮が満ちるにつれ、滅する。

僕らは死ぬ、死んでゆく、余すところなく死にゆく。
僕らの内を浸す死の潮を、とどめるものは何もない。
その潮がやがて外の世界をも呑みつくそうとも。

僕らは死ぬ、死んでゆく、切れ切れに散る肉体、
そして力が僕らを離れ去り、
魂だけがうずくまる、海原に傾き浮び、くらい雨に曝されて
僕らの生の樹の最後の梢にうずくまる。


        VII

死んでゆく、死にゆく僕ら。
そんな僕らにできるのは、もう
死を希い、気遠い旅路に魂をはこぶ、死の船を造ることのみ。

ささやかな船──櫂をそなえ、食糧をのせ
こまやかな食器やとりどりの装具が揃い
旅立つ魂のため整えられた、小さな船。

さあ、肉体はくずおれた、今や船を水に進める時だ。
食糧のたくわえと、小さなフライパンと替着の積荷。
毀れやすい勇ましき船、繊弱な魂だけをのせ
信義の櫂をにぎり、生を離れ、漕ぎ出せ。
大水の暗い荒漠の上へ、
最果ての潮の上へ、
舵取りの当てもなく、港もない死の海の上、
いつとも知れぬ冥暗の帆走。

船着きもなく、ゆくあてもなく
ただ深まり深まる闇と、暗がり暗がる凪。
音を立てず、滴さえ撥ねない水面に黒色はさらに深く
暗闇は暗闇に濃くかさなり、
そして両側にも全き闇、もはや方角を知る術はない。
小さな船だけがそこにある、彼女はもうただ進むのみ。
彼女は何も見はしない。四囲に見て取れるものは何もない。
彼女は進む、ただ進む。そして
彼女はたどりつく、どこかに、
どこでもない場所に。


        VIII

消え果てた、何もかも。
肉体も消えた、全き下方に、純粋に失せた。
空をおおう闇は海にひろがる闇と同じに重い、
そのあわいで小さな船は
尽きた。

一切の終。忘却。


        IX

不滅の漆黒。
それでもいつか、暗がりを割って
水平線に沿う一筋。
蒼白く煙る、一筋の何かが
闇の上、ほんのわずかにたち昇る。

幻だろうか? いや、またほんのすこし
蒼い薄霧がせりあがる。
待て、待て、よく見よ、あれは黎明、
忘却から生へと戻りゆく
つらい夜明けの先触れだ。

見よ、気がつくと
小さな船は、夜明け前にうっすら色づいた
死の灰の墨色の潮に流される。

そして見よ、ほら、まごうことなき黄藤色の流出、
不思議にも、凍えたか弱き魂に緋がはしる。

緋の光り、そしてすべてがまた始まる。


        X

死の水が引き、ふしぎに輝き出た肉体、
磨かれた貝殻のように。
そして、桃色にひらめく水の上
よろめきすべりながら家へと渡る、小さな船。
そして今、毀れやすげな魂が船を降り
平和にみちた胸で家の戸をふたたびくぐる時。

忘却に洗われ平和によみがえった心の、おののき──

それだから死の船を造れ、死の船を。
きっと必要になるだろうから。
きみを待つのは、忘却への永い旅路。






死は困難

Difficult Death



死は易くない
死ぬのは決して易くない

なぜって死はひとりでに訪れる
僕たちの祈りを無視して。

僕らは死に迫る迫る死に迫る
心の底から死を希う
それでも死はやって来ない。

だから死の船をつくる
暗い忘却の波にたましいを浮ばせる。
忘却のつらい運びの後
まだ生はすこし僕らに残されているかもしれないから。





諸魂日

All Souls' Day



死ぬなら用心してそして細かに気を配れ
なぜなら死ぬのは難しい
死の戸をくぐるのは難しい開いたままの戸でさえも

死ねない死者もいる
壁に囲まれた銀灰色の街、不毛な肉の街を去った彼ら
けれども彼らはどこへ行く?彼らの行くあてはどこにある?

この星辰の影に埋もれてたたずむ彼ら
円錐状にのびる星の影、そんな魂ばかりひしめいて
変化の海をさしわたす途さえ見えやしない

だから、ね、優しくして、きみの死をいたわって
死を少しだけ勇気づけてやろう
死がささやかな船を造るのを手伝ってやろう

魂を待ちうけるのは
混じり気ない忘却の甘い閨にいたるまでの永い旅
必要なのは小さな、小さな船と
それと長旅に十分たえる糧のたくわえと

さあ心を傾け
あたらめて死を迎えるためのそなえをしよう
すべてを整えて旅立つ前の水夫みたいに
余念無く





宿なしの死者

The Houseless Dead



ああ見るだにみじめな死者たち 彼らは死ぬ けど
旅立てない ゆううつげにうなだれて ぶつかる 幾度も
堅く揺るがない銀色の壁に 閉ざされた生の街の壁に。

あわれな死者たち 生から放擲されたのに
誰一人永く旅する覚悟ができていない。
やつれて 病みおとろえて 影にぬかるむ灰の浅瀬に
うずくまる 最果ての海と白い生の岸辺の間にうずくまる。

死ぬことのできないみじめな彼ら。
櫂をにぎる手も力なく 遠い沖へ進めずに
締め出された飼い犬みたいに 生と死の縁をさまよう定め。
彼らのことを思いやれ どっちつかずの窮地から
忘却の彼方へ脱け出すための帆船を造ろうとする彼らに
力を添えて。





不幸な死者を搏て

Beware the Unhappy Dead!



奴らを搏て。生から追いやられて
なお永い旅へおもむく意志も準備も心構えも持ち合わせない
不幸な死者を搏て。

十一月が近づくにつれ
星辰の灰色の影がのびる。
その鈍くひきのばされた実在の辺土、灰色の距離のなかに
そこなわれた魂どもが群れる、彼方へ退いてゆく海を見ては
船出を躊躇する死者どもが群れる。

見ろ、いずれ奴らは低くうなり、怒りを浮かべて、
私たちの生の実在の堅固な壁の亀裂を目掛けて
押し戻されてくる、殺到する。
亡霊じみた冷たい憎しみが奴らを駆り立てる。
追い求める、かつての居心地のよい巣穴を、
馴れた暮らしを、なつかしい暖炉を
自分らが強いてたたき出されたかつての甘やかな場所を
追い求める。奴ら、実在から剥がれた怒りで空回る。

荒れ狂うあの死者どもに付き合う必要はない。
奴ら、生から追い払われて逆恨みの憎悪をつのらせ、
私たちが奴らを救わなかったってんで
群れなして襲いかかって来る。あの死者どものせいで、
どれほど人々の生が悲劇に汚されたか? ひどいものさ。
本来ならば、今は死者のための時季、十一月、
死のために場所を空けてやり、柔かな寝床に枕を置き、
かたわらには食器とワイングラス、申し分ない食事も支度して
それと極甘いワインも添える、自分の死のために
不可視におとずれる死をもてなすために、そして
心で死に語りかけ、平和に敬虔に死をむかえる──今はその時。

死をもてなせ。或いは、群れて怒れるあの死者どもを搏て、
壁を抜け君のこころ根まで触れようとする奴らを搏て。
あの苛めく亡霊たちは、きっと君を荒ませるから。
もしかすると今まさに、君の胸と萎えた性器を浸して
奴ら、悟られずに君を滅茶に損なおうとしているかもしれない。





万聖節の後

After All Saints' Day



暗赭のマントの温みの記憶につつまれて
小さなやせっぽちの魂は捷く下だる。
櫂をにぎり、闇の奥処へとどこまでも漕ぐ。
まだ脈打つ心がおくる愛の温みをふわりと感じつつ、
息吹をちいさい脆い帆にはらませる、
底知れない深みへおもむく。
実在の縁の灰の岸辺から遠くはなれて。





死の歌

Song of Death



死の歌をうたえ
それを歌え
死の歌なしには
生の歌もまた無意味で愚かになる

だから死の歌をうたえ
長き旅をゆけ
魂の持ちものと後に残してゆくものを知れ
そして巻きつき渦まく深い闇に包まれる術を知れ
死のなかで宇宙はただ巻貝の形をなす暗さ
それは音のない沈黙の核心と忘却の支軸にまきつく巻貝である
魂は最期にそこに往きついて
鋭い平和を得る

闇と純粋な忘却の核心
魂が真の平和へと蒸散する場所
それを歌え
死の歌をうたえ





終わり、始まり

The End, The Beginning



なべてものの中心に
無傷の忘却と静寂の
純粋なまったき闇が孕まれてないのなら

太陽はいかにもおぞましくなる。
明りをともすマッチの擦過さえつめたくなる。

でも勿論太陽は純美な忘却を軸にまわっているのだし
蝋の火も マッチの先の火もそうだ。

そしてもし なにもかも純然と忘れ去ることが
知識の遺棄が 知りたがることの完全な停止が
一切の慧眼をぬぐいさった透明な静けさが
私たちにゆるされていないのなら
生きるとはどんなにおぞましいことだろう。
物を知り意識を持つとは どんなに厭わしいことだろう。

けどひとたび闇の忘却をくぐれば
魂を待つのは安らぎ
ただ内なる深い平和だ。





眠り

Sleep



眠りは死の幻。だけどそれだけじゃない。
眠りはまた珍らかな忘却への徴し。
だから僕は知ってる、自分が消え去るということは
存在する苦痛から癒されて、一切を失い切ること。





眠りと目覚め

Sleep and Waking



眠りのなかで僕は失せる
消えて何かにゆだねられる
世界にこれより快いものはない。
忘却の淵での暗い夢なき眠り
生にこれより良いものはない。

でも健やかな眠りの果てには目覚めがある
目覚める、するとあたりは瑞々しい。

──よく眠れたかい?
ああ、神さまみたい眠れたよ。
だから世界が新しく創り直されたのさ。





疲れ

Fatigue



永くつらい日々を耐えてきた僕のたましいは
疲れ果てて
忘却の床を求める

けど
世界のどこにも忘却のための閨を見出せない
平和へと通ずる夕闇を見出せない
ひとびとが地上の静けさを殺したのだ
平和に忘れさせてくれる土地を奪ったのだ
そこにはいつも天使たちが舞い降りていたのに





忘却

Forget



忘れることができるとは、
深い忘却の内に棲まう神に
屈することができるということ。
純粋な忘却の中でだけ、私たちは神とともにある。
あまりに知りすぎた私たちは、もう知るのを止めねばならぬ。





最後の知識

Know-All



知を否む法を知るまでは
ひとは何事も真に知ることはない。

すべての知識の終局は、甘やかでくらい忘却である。
そのとき君は君自身であることを止め、極致に至る。
──それが君に伝えうるもっとも偉大な教えだ。





仮庵

Tabernacle



さあ、忘却のための社を造ろう、
七つの紗幕をもち、奥処に
純な忘却の至聖所をもうけた社を。

それは忘却の住まう場所、そして
紗幕をくぐってきた静かなたましいが
ついに神の御許でやすらう場所。

けれどもし神や忘却について何やかやと注釈つける奴が来たら
涜聖のかどで、追い出してしまわねばならぬ。
眠りよりもはるかに遠く、深く忘れ去ることを与える神を
言葉で汚そうとすること、それがすでに冒涜なのだから。





神祠

Temples



私たちがこの地上に望むのは
静寂と忘却の神祠がどこかに存すること。
甘美で純一な忘却のなかで
私たちが知ることを停止して、
知を持つ存在であることを放棄する、
そのための神祠が存すること。





Shadows



もし今夜ぼくのたましいが安らかな寝床を見つけて、
素敵な忘却のなかへ沈みこんで、
新しく咲きひらいた花みたいに朝へと目覚めるなら、
ぼくは神さまにふれて再び創り直されたことになるんだ、

そして曜日が巡りゆくにつれ、月映えのなかで
ぼくのたましいが暗まり消え去り、柔らかいふしぎな闇に
ぼくの身じろぎがぼくの考えがぼくの言葉がつつまれる、
その時ぼくは知るんだ、ぼくが神さまとともに歩いているってこと、
ぼくら月影のなかで寄り添いあっているんだってことを、

それからさ、秋がふかまってうす暗くなって、
嵐にあおられて落ちてゆく葉や倒れふす茎の苦痛をかんじて、
みじめさや不安やくだけちってゆく痛みをかんじる、
すると深い影がやさしく抱きしめにきてくれる、
ぼくのたましいやぼくの心やぼくの唇を、
気のとおくなるくらい甘やかに、それは
短日の静けさにも年央の静けさにも影にも至点にもしみわたる
ひ弱な歌、さよなき鳥のうたうのよりも悲しい歌にまどろむみたいだ、
その時もまだぼくには分ってる、
ぼくの命がまだ暗い地上といっしょに脈打ってるってこと、
新生へと移りゆくため濃い忘却のなかにいっしょに浸ったってことを、

そうしてさ、人のいのちの変化の境い目に
ぼくがつらい病いにむしばまれてしまって、
ぼくの腕首がくだけて心臓がひしゃげて力がうしなわれて、
いのちの最後のしぼり滓だけがぼくにのこされて──

それでもさ、それでもなお、
素敵な忘却のひとかけら、新生へのひとにぎりの予感はまだあって、
折れそうな茎の上に風変わりな冬の花、瑞々しい異彩の花、
ぼくの生がかつて知ることのなかった新しい花が咲いている──

それだからまだぼくは信じられるんだ、
ぼくが未知の神さまの手にゆだねられてるってこと、
神さまが忘却のなかでぼくを細かくひきくだき、
新しい朝へ、新しいひととして送り出してくれるってことを。





変化

Change



変化することは簡単だと言うのかい?
ちがうさ、変化すること、別様になることはとても難しい。
なぜなら、忘却の海をくぐらなければそれは為せないから。





不死鳥

Phoenix



君は本当に滅し去られること、損なわれること、
くずれ散ること、無に還されることを望むのかい?
心より無に還ることを望むのかい?
つまり忘却の淵にしずむことを?

もしそうでないなら、君は生まれ変わることはできないさ。

不死鳥が若さをとりもどすのは
身を焼かれ、灼熱に爆ぜ、
熱と綿のような灰となって砕けた時のみ。
すると巣で、新しい小さい雛がかすかに戦く、
ちらばる灰みたいな和毛の房をそなえた雛が。
そしてふたたび若さに息吹をこめて
鷲のように生きてゆく、
不死の鳥。









Copyright © David Herbert Lawrence 1930 (expired)

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